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訂正:中原祐介氏の訃報 [訃報]

中原さんの事孤独死ではありませんでした。

河口龍夫さんからのFaxです。

上記のようなメールを堀川紀夫さんからいただきました。
孤独死でなかったことは、良かったと思います。
謹んで訂正させていただきます。

ただ、であるならば何故に3月3日の時点で普通の訃報の新聞報道にならずに、11日わかったという毎日新聞報道や、「12日までに死去」という日本経済新聞の記事になったのか?、何故に朝日新聞には美術評論家連盟の会長であった中原祐介氏の訃報が、少なくともネットでは見つけられないのか? という疑問は残りますが、それを探求する気持ちは私にはありません。ご家族の元に戻られていたという言葉を喜んで、ご冥福をお祈りしたく思います。

かわぐちさんより1-1.jpg

訃報:中原佑介さん79歳=美術評論家連盟会長

 現代美術評論の最前線で長年活躍し、国内外の大型展覧会の企画にも携わった美術評論家連盟会長の中原佑介(なかはら・ゆうすけ<本名・江戸頌昌=えど・のぶよし>さんが死去したことが、11日わかった。79歳。

 神戸市生まれ。京都大大学院の湯川秀樹研究室で理論物理学を専攻。だが、在学中の55年、美術雑誌の公募に応じた論文が入賞したのを機に、美術評論へ転向した。

 70年、日本初の本格的な国際美術展「東京ビエンナーレ」のコミッショナーを務めた。先端的な作品を紹介して賛否両論を巻き起こしたが、その後の美術界に大きな影響を与えた。東野芳明さん、針生一郎さん(共に故人)と並び「美術評論の御三家」と呼ばれた。

 京都精華大学長、水戸芸術館総監督、兵庫県立美術館館長などを歴任。「ナンセンスの美学」「見ることの神話」など著書多数。

毎日新聞 2011年3月11日 19時18分(最終更新 3月11日 19時27分)


中原佑介・美術評論家連盟会長が死去 

2011/3/12 20:20

 中原 佑介氏(なかはら・ゆうすけ、本名=江戸頌昌=えど・のぶよし、美術評論家連盟会長)12日までに死去、79歳。連絡先は同連盟。

 神戸市出身。東野芳明氏や針生一郎氏(いずれも故人)とともに現代美術批評をリードし、国内外で大型展覧会を手掛けた。京都精華大学長や兵庫県立美術館長を歴任した。

(日本経済新聞 2011/3/12 20:20

 


中原佑介氏=美術評論家

 戦後の現代美術をリードした美術評論家、中原佑介(なかはら・ゆうすけ、本名・江戸頌昌=えど・のぶよし)氏が3月3日に病気で死去した。79歳。後日お別れ会を開く予定。

 神戸市生まれ。京都大学大学院で理論物理学を学ぶ一方、1950年代に美術評論家としてデビュー。70年に手がけた第10回東京ビエンナーレ「人間と物質」は内外の新しい美術運動を紹介し、高く評価された。

 ベネチア・ビエンナーレ日本館のコミッショナー(展示責任者)を2度にわたり務め、兵庫県立美術館長などを歴任。京都精華大学長を経て名誉教授。著書に「ブランクーシ」「見ることの神話」など。

(2011年3月12日09時57分  読売新聞)


タグ:中原祐介

中原佑介先生ご逝去(訂正記事追加、厚生1) [訃報]

中原さんの事孤独死ではありませんでした。

河口龍夫さんからのFaxです。

上記のようなメールを堀川紀夫さんからいただきました。
孤独死でなかったことは、良かったと思います。
謹んで訂正させていただきます。

ただ、であるならば何故に3月3日の時点で普通の訃報の新聞報道にならずに、「11日わかった」という毎日新聞報道や、「12日までに死去」という日本経済新聞の記事になったのか?、何故に朝日新聞には美術評論家連盟の会長であった中原佑介氏の訃報が、少なくともネットでは見つけられないのか? という疑問は残りますが、それを探求する気持ちは私にはありません。ご家族の元に戻られていたという言葉を喜んで、ご冥福をお祈りしたく思います。

かわぐちさんより1-1.jpg

  中原佑介先生が孤独死なさっていたことが11日わかったという。この訃報はニューヨーク在住の美術史家の富井玲子さんのメールで知ったのです。

中原佑介氏というのは美術評論家の先生です。

実は私は中原先生にアートスタディーズにゲストとしてご出席していただこうと、ちょっと前ですが電話を4日間たびたび電話をしていたのです。だいたい朝の11時にかけるとつかまるのに、この時は全くだめで、きっと誰か恋人でもできてそちらに泊まっておられるのだろうと考えて、それ以上のアプローチはあきらめた。その時は、すでに亡くなられていたのだろうと思います。

私は中原先生の孤独死については、全く考えなかったのです。私の知っている中原先生は女性に持てる人だったので、一人で生活して、一人で亡くなる中原祐介という男をイメージできなかったのです。

謹んでご冥福をお祈りいたします。

合掌。


 
訃報:中原佑介さん79歳=美術評論家連盟会長

 現代美術評論の最前線で長年活躍し、国内外の大型展覧会の企画にも携わった美術評論家連盟会長の中原佑介(なかはら・ゆうすけ<本名・江戸頌昌=えど・のぶよし>さんが死去したことが、11日わかった。79歳。

 神戸市生まれ。京都大大学院の湯川秀樹研究室で理論物理学を専攻。だが、在学中の55年、美術雑誌の公募に応じた論文が入賞したのを機に、美術評論へ転向した。

 70年、日本初の本格的な国際美術展「東京ビエンナーレ」のコミッショナーを務めた。先端的な作品を紹介して賛否両論を巻き起こしたが、その後の美術界に大きな影響を与えた。東野芳明さん、針生一郎さん(共に故人)と並び「美術評論の御三家」と呼ばれた。

 京都精華大学長、水戸芸術館総監督、兵庫県立美術館館長などを歴任。「ナンセンスの美学」「見ることの神話」など著書多数。

毎日新聞 2011年3月11日 19時18分(最終更新 3月11日 19時27分)


中原佑介・美術評論家連盟会長が死去 

2011/3/12 20:20

 中原 佑介氏(なかはら・ゆうすけ、本名=江戸頌昌=えど・のぶよし、美術評論家連盟会長)12日までに死去、79歳。連絡先は同連盟。

 神戸市出身。東野芳明氏や針生一郎氏(いずれも故人)とともに現代美術批評をリードし、国内外で大型展覧会を手掛けた。京都精華大学長や兵庫県立美術館長を歴任した。(日本経済新聞 3月3日) 


中原佑介氏=美術評論家

 戦後の現代美術をリードした美術評論家、中原佑介(なかはら・ゆうすけ、本名・江戸頌昌=えど・のぶよし)氏が3月3日に病気で死去した。79歳。後日お別れ会を開く予定。

 神戸市生まれ。京都大学大学院で理論物理学を学ぶ一方、1950年代に美術評論家としてデビュー。70年に手がけた第10回東京ビエンナーレ「人間と物質」は内外の新しい美術運動を紹介し、高く評価された。

 ベネチア・ビエンナーレ日本館のコミッショナー(展示責任者)を2度にわたり務め、兵庫県立美術館長などを歴任。京都精華大学長を経て名誉教授。著書に「ブランクーシ」「見ることの神話」など。

(2011年3月12日09時57分  読売新聞)

 


タグ:中原祐介

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